40代ITキャリア

本をたくさん読まなくても、考える人はいる。鍵は“知識欲”かもしれない

こんにちは。出戻りランサーです。

今回は、
本をたくさん読まなくても、考える人はいる。鍵は“知識欲”かもしれない
という話を書いてみます。

よく、
「考えられるようになりたければ本を読め」
と言われることがあります。

たしかに、それは一理あるのだと思います。
本を読むことで、知識が増えたり、考え方の型に触れたり、自分にない視点を取り込めたりするからです。

ただ、自分はもともと
多読・乱読するタイプではありません。

本を大量に読むタイプではないし、何でもかんでも読んでいるわけでもない。
でも、自分のことを思考するタイプだとは思っています。

そう考えると、読書が正義という論調には少し違和感があるんですよね。

本をたくさん読む人ほど考えられる、というのは本当なのか。
それとも、本質は別のところにあるのではないか。

整理してみる中で、自分は
“知識欲”が鍵なのではないか
と思うようになりました。

今回は、そのあたりを書いてみます。


「本を読めば考えられるようになる」は、少し雑な言い方かもしれない

最初に思うのは、
「本を読めば考えられるようになる」
という言い方は、少し雑かもしれないということです。

もちろん、本を読むこと自体は悪くありません。
むしろかなり良いことだと思います。

ただ、それをそのまま

  • 読書量が多い人ほど考えられる
  • 本を読まない人は考えられない
  • 思考力を鍛えたければとにかく冊数を増やせ

みたいに受け取ると、少しズレる気がします。

実際、自分は本を大量に読むタイプではありません。
でも、物事を分解して考えたり、違和感を言葉にしたり、自分なりに整理したりするタイプだとは思っています。

つまり、
大事なのは単なる冊数ではなく、
何かを知りたいとか、理解したいとか、考えたいという欲求の方なのではないか
と考えました。


自分は“多読タイプ”ではなく、“考えるタイプ”だと思っている

ここは自分の実感です。

自分は、本を次々読むタイプではありません。
乱読もしないし、知識をどんどん消費する感じでもない。

でもその代わり、

  • これはどういうことだろう
  • なぜこうなるのか
  • 何が本質なんだろう
  • どこにズレがあるのか
  • 自分の経験とどうつながるのか

みたいなことを常々考えています。

つまり、自分は
読書量そのものより、考え続ける癖の方が強い
んですよね。

だからこそ、
「考えたければ本を読め」
と言われると、少し違和感があったのだと思います。

読書は一つの手段ではある。
でも、思考する人のすべてが多読家とは限らない。
ここはかなり大事な気がしています。


読書量と“考える力”には相関があるらしい。でも因果は別かもしれない

この違和感があったので、少し研究も見てみました。

すると、読書量と認知能力や批判的思考っぽいものの間に、ある程度の相関があるという研究はあるようでした。
つまり、よく読む人の方が、語彙や理解力、思考傾向の一部が高めに出る、という結果です。

ただ、ここで大事なのは、
相関があることと、原因であることは別
だということです。

たとえば、

  • 本を読むから考えられるようになる
  • もともと考える人だから本を読む
  • その両方がある

この3つは全然違います。

ここを分けずに
「だから本を読め」
となると、かなり雑になります。

自分としては、研究結果を見ても、
読書が思考力を作るというより、もともとの知的な傾向や好奇心が読書にもつながっている
と見る方がしっくりきました。


そこで気になったのが、“知識欲”というキーワード

整理していて、自分の中でかなりしっくりきたのが
知識欲
という言葉です。

要するに、

  • 知りたい
  • 理解したい
  • 仕組みを見たい
  • 背景を掘りたい
  • 納得したい

こういう欲求です。

この知識欲が強い人は、自然と情報を取りに行きます。

その手段の一つとして、本がある。
他にも、

  • 人に聞く
  • 記事を読む
  • 動画を見る
  • 調べる
  • 比較する
  • 自分の経験と照らす

いろいろあります。

つまり、本が先にあるというより、
知識欲が先にあって、その出口として読書が選ばれる
のではないか、ということです。

この考え方だとかなり自然なんですよね。


本を読む人が“考えられる人”に見えるのは、知識欲の強さが先なのかもしれない

ここがたぶん、自分の今の考えの中心です。

本をよく読む人が、結果として

  • 知識が多い
  • 語彙がある
  • 話が整理されている
  • 視点が多い
  • 考えているように見える

のは、本そのものの力だけではなく、
そもそもその人に知識欲があるから
かもしれない、ということです。

知識欲がある人は、

  • わからないままにしない
  • 背景を知りたがる
  • 一次情報に近づこうとする
  • 自分で納得したがる
  • 物事をつなげて考えたがる

この傾向があります。

そういう人が本を読むと、当然伸びやすい。
でも本質は、冊数よりもその欲求の方にあるのではないか。

自分はかなりそう思っています。


だから、本をたくさん読まないこと自体はそこまで問題ではないと思う

この整理に立つと、
本を多く読まないこと自体は、そこまで問題ではないように思えてきます。

大事なのは、

  • 何を知りたいのか
  • どう理解したいのか
  • 読んだものをどう咀嚼するのか
  • 自分の中でどう整理するのか

だからです。

極端に言えば、

  • 100冊を流すように読む人
  • 1冊をかなり考えながら読む人

では、後者の方がよほど思考に結びつくこともあると思います。

冊数は見えやすいです。
でも、思考って本来もっと見えにくいものです。

だから、
「自分は多読家ではないからダメなのでは」
と考える必要はあまりないのだと思います。


思考力に必要なのは、“読む量”より“咀嚼する力”かもしれない

自分の感覚では、思考力に効いてくるのは、
読む量そのものより、
咀嚼する力
の方です。

たとえば、

  • これは本当にそうなのか
  • 自分の経験ではどうか
  • 前提は何か
  • 他の見方はないか
  • 著者は何を言いたいのか
  • 自分ならどう言い換えるか

こういうことを考えながら読む。

あるいは読んだ後に、

  • 何が残ったか
  • 何に引っかかったか
  • 自分はどこに違和感を持ったか
  • 何が納得できなかったか

を見ていく。

この方が、単に冊数を増やすよりよほど思考に効く気がします。

だから、もし思考力を鍛えたいなら、
「もっと読まなきゃ」
より、
もっと咀嚼しよう
の方が大事なのかもしれません。


知識欲がある人は、本以外からも考える材料を取りに行く

ここも大事だと思っています。

知識欲がある人って、本しか読まないわけではないんですよね。

  • 会話から学ぶ
  • 現場で見る
  • 人の失敗から考える
  • ニュースや論文を読む
  • 比較してみる
  • 自分で試してみる

みたいに、かなりいろいろなところから材料を持ってきます。

つまり、
本を読むことは大事でも、
知識を取りに行く姿勢そのものの方が本質
だと思います。

その意味では、本を読むかどうかだけで人を測るのはやっぱり雑です。

知識欲が強い人は、本からでも、人からでも、経験からでも、学びを取る。
そしてその材料をもとに考える。

だから思考する人に見えるのだと思います。


たぶん、自分に必要なのは“もっと読むこと”より“もっと考えながら読むこと”

ここまで整理して、自分の中では少し納得できてきました。

自分に必要なのは、
たぶん
もっと読むこと
そのものではなく、
もっと考えながら読むこと
なのだと思います。

多読家になる必要はない。
でも、自分が気になったもの、引っかかったものについては、

  • なぜ気になったのか
  • どこが本質か
  • 自分の経験とどうつながるか
  • 他の見方はないか

まで見ていく。

その方が、自分には合っている気がします。

つまり、
量よりも密度。
冊数よりも咀嚼。
そして、その前提にあるのが知識欲。

今のところ、自分はそんなふうに考えています。


最後に

「考えたければ本を読め」
という言葉には一理あると思います。

ただ、それを
「冊数を増やせば考えられるようになる」
と単純化すると、少しズレる気がします。

自分なりに整理すると、鍵になりそうなのは
知識欲
です。

  • 知りたい
  • 理解したい
  • 納得したい
  • 背景を見たい

そういう欲求があるから、人は情報を取りに行く。
その手段の一つとして読書がある。
結果として、よく読む人に“考えられる人”が多く見える。

でも本質は、読書量そのものより、
知識欲と、それを咀嚼する姿勢
なのかもしれません。

自分は多読・乱読するタイプではありません。
でも、それでも考える人でありたいとは思っています。
そのために必要なのは、無理に冊数を増やすことより、
知りたいことをちゃんと深掘ることなのかもしれません。

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